不名誉なパン屋さん

小麦粉をこねてパンを焼きます

美女と野獣パン

ディズニーの「美女と野獣」のアニメと実写を観ました。

実は初めて観ました。

 

結論から言うと、

めっちゃ好き!傑作!

 

そして同じく実写版映画を観たという友達に感想を聞くと、

エマ・ワトソンが可愛かった!」と言った。

 

違うやん!!

ホントに映画観たの??

 

美女と野獣」って、

カッコいいけど性格の悪いガストンよりも、醜いけれど心優しい野獣を愛するという、見た目よりも中身が大事だよね、思い込みじゃなくお互いをしっかり理解し合おうって物語じゃない?

 

その感想が「エマ・ワトソン可愛い」だったら映画の内容なんかどうでもいいってことになっちゃうよ!

(それだったらハリーポッターの感想だっていいじゃん!)

 

僕がこの映画のいいなと思ったポイントはもう一つあって、

ガストンが「野獣は危険だ!村を襲ってくるぞ!」って村人を扇動するシーン。

これに乗せられて村人たちは「野獣を殺してしまえ!」って攻め入ろうとする。

やってることヒトラーと同じじゃんって思った。

こんな強烈なことを表現してたんだって、多分子供の頃に観てたら気づかなかったかもしれない。

 

話は戻って「エマ・ワトソン可愛い」って感想について。

「歌が上手い」でもなく「演技が素晴らしい」でもない、

中身に何も触れない「可愛い」という感想。

可愛いものは良くて、可愛くないものは良くない。

これって結局、大きな牙と鋭い爪を見て「野獣は危険な存在だ!」と決めつけてベルの話に耳を貸さないガストンと村人たちみたいになる危険性あるよね。

何が言いたいかというとこれが差別や排斥、もしかしたら戦争にだって繋がるかもしれないってこと。

だって村人たちはものの数分で「野獣を殺せ!」に切り替わったんだもの。

 

あれは良い、これは悪い、って

決めつけるんじゃなくてちゃんと知ってから考えようよ。

アンパンマンパン

多くの子供たちのヒーローであるアンパンマン

毎回暴力で物事を解決しているのはどうなんだろう

配達パン

職場に毎日とある配達業者が荷物を持ってきてくれる。

彼らがいないと世の中の物流は回らない。

もちろん感謝してるし労働時間の問題も他人事じゃないと思う。

 

ある時期からうちへの配達が遅れるようになってきた。

午前中配達のものが午後に来る、みたいなことが増えてきた。

指定日に届かなかったことも何回か、ある。

もちろん予定通り届かないとこっちも仕事にならない部分はあるんだけど、多少遅れたくらいは問題ない。その日のうちに持ってきてくれれば事足りる。

だから別段文句も言わない。

配達が大変なんだろうなぁと思う。

 

ただ、近頃よく遅れてくることについて少し想像してみる。

ネット通販の普及で配達業者が苦労してるのは知っている。

そのことで荷物の到着が遅れたりもする。

世の中にはとても気の短い人もいる。

もしその配達先の人が怒ったとしたらどうだろう?「遅いじゃないか!」

しかし怒られたとしても荷物の量は変わらない。

また別の日、頑張って配達しても遅れが出る。

「この前遅いと言ったのに、また遅れるのか!」

「すみません・・・」

こんなことが何回か続く。一日で何回謝っただろうか。

「午前中配達なのに、遅れてすみません!」

「いえいえ、ご苦労様です」

こんなことが何回か続くうちに自然とこんな考えが芽生える。

(いつも怒られるあっちを先に回ろう)

怒られるのを回避するために配達ルートを変更する。当然の選択。

その結果、怒った客の荷物は早く届き怒らない客の荷物が割を食うことになる。

想像だけどないとも言い切れない。

 

このままじゃだめ。

怒った者勝ちの社会ができあがってしまう。

怒った方が得をしてしまうのでどんどん怒る人が増える。

もっともっとやさしくなろう。

その上で、配達業者の方々に頑張ってもらおう。

 

 

 

フルムーンパン

仕事の帰り道

正面に輝く満月に気づいた

こんなにきれいに照らしてくれているのに周りの人たちはスマホ見て歩いている

別に興味ないならいいんだけど

こういう人に限って”スーパームーン”とかにめっちゃ反応する

スーパームーンを楽しむには通常ムーンを知る必要があるんじゃないかと

通常を知って特別がわかる

そんな帰り道

知らないパン

ニュースとかの話をしてるとよく「興味ない」とか「めんどくさい」とか言われて「うるさい」と思われてしまうこともある。そんなに難しい話はしていないのに。

 

今でいうと森友学園とか共謀罪とかてるみくらぶとか雪崩事故とか、

別に内容まで詳しく知らなくても今こんだけ話題になってる言葉を聞いたことすらないのはちょっと危ないと思ってしまう。

でもそれを指摘すると「お節介だ」と言われるから八方塞がり。

 

世の中いろんなところでいろんな事が起きてる中で、それらを「興味ない」で簡単に終わらせる人が僕の周りに多い気がする。

そもそも興味あるないの話ではなく何かしら意見とか考えを持つのは大事だと思う。

それを単に「知らない」で済ませてしまう人がいることがもはや怖い。

 

でも実は、人々が「知らない」と答えてしまうのは彼らが悪いのではなくて彼らまで伝える力のないメディアが悪いんじゃないだろうか?

街中どこもかしこもみんなスマホを見てるくらいみんな膨大な情報を浴びてるにも関わらず「知らない」が起こるということは実は自分の好きな情報しか入ってきてないということの裏返しではないだろうか?

このことに一度は気づいた方がいいと思う。

本当に重要な情報は受け取る力がなければ捕まえることはできない。

 

こういうことを僕の友達に話すと「説教くさい」と捉えられてしまう。

 

僕としては

「知らない」「興味ない」「めんどくさい」「お節介」「説教くさい」「うるさい」

これらを放った時点でその人は思考が停止してるとすら思う。

僕は人からよく「考えすぎだ」と言われるけど、

みんな、考えなさすぎじゃね?

 

道徳パン

昨日道徳の授業について教わったことを考えてみる。

 

授業の中でいじめに関する話を扱った後、生徒は感想文を書く。

その感想文を回収して先生が読む。

 

普通のことのように思ってたけどこれって、

先生が読むとわかってるなら全員が先生の喜ぶ感想を書くに決まってるんじゃないか?

反対側の意見を書くことなんてできないんじゃないか?

そう思うと扱ってる内容を変えてもいいのかもしれない。

 

もっと白黒がはっきりしないことをクラスみんなで話し合ってみても面白い。

少なくともそういう時間をとってみたかったなと今になって思う。

エイプリルフールパン

エイプリルフール。

この日は嘘をついても咎められない。

人々はこぞっていろんな嘘をつく。

 

でもさ、みんなそんなに1年間嘘つかずに生きてきたの?

そんなに誠実だった?みんなそうなの?

絶対違うはず。

人はみんな大なり小なり嘘ついてきてるでしょ?

4月1日の嘘が咎められないとしたら普段ついてる嘘はもっと大々的に咎めてもいいってことになっちゃうよ。

それは困るのかよ。

いつも嘘ついてる奴が4月1日に嘘ついてんの普通じゃん?

ずっと誠実な人が4月1日だけ嘘ついても特別に許してあげるよ、じゃないと成立しないじゃん。

もっと嘘のない世の中にならなきゃエイプリルフール楽しめないよって話。

 

そして嘘を受け取る側。

この日は誰の言うことも信じられなくなっちゃう。

みんなが上手に面白いいろんな嘘を並べる中で冷静にファクトとフェイクを見分けなければならない。

変なこと信じちゃってバカ丸出しで恥かきたくないもんね。

でもさ、

これって、

4月1日に限った話じゃないよね?

話題の出来事・ニュースのトピック・SNSでみんながシェアしてること

普段僕らが触れてるありとあらゆる情報は全部本当なの?

全部信じるに値するの?

誰がその発信者なの?

もっともっと慎重にファクトとフェイクを選別していかないと恥かくどころじゃなくなるんじゃない?

エイプリルフールってそういう意味では最も真実を浮き彫りにさせる日なのかもしれない。