ソートベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼くように、頭の中で考えたことを文章にしていきます。

思いつきで振り回さないでほしいパン

政府が宿泊施設で仕事ができるようWi-Fiの導入を促進するとか。

政府、旅先テレワークの普及推進 仕事向けWi―Fi、旅館に導入(共同通信) - Yahoo!ニュース

 

何を言ってるんだろう?

これまでWi-Fiの使えないホテルに泊まったことないんだけど。

僕より遥かに全国飛び回ってる人も、そんなホテルに当たったことないと言ってた。

 

そういえば以前泊まった、ロビーが薄暗くて机や椅子も古さが滲み出てて、エレベーターはガタゴト音を立てて揺れていて、廊下も薄暗くて、客室も明かりが1つしかなくて、浴室の壁は黄ばんでて、シャワーがあちこちいろんな方を向いてる古ホテルもWi-Fiは使えたけどなぁ。

 

政府はどこを見て促進が必要だと考えたんだろう?そもそも一般的なホテルに泊まったこともなければWi-Fiを接続したこともない人達だからそんなことを提案しちゃうんじゃないだろうか。

 

そして出てきた「ワーケーション」という言葉。海外じゃ割と浸透してて、仕事も進めながら旅先でリラックスできるという点でうまくいっている方式らしいけど、日本でそうなるとは到底思えない。きっとその逆で、旅行に行ったはいいけどいつ上司から電話が来るかわからなくてのんびりできない〜みたいなことになる人がほとんどなんじゃないだろうか。下手すりゃ労災も下りないし「遊んでた」認定されて給料もいくらか引かれたりして揉めそうだな。

まぁ、政府はそんなことまで考えちゃいないだろうけど。

 

昔、アニメの『忍たま乱太郎』でよく学園長が急に決めたことに生徒も先生も振り回される場面があって「また学園長の思いつきかよ〜」ってセリフが何度も出てきたけど、日本の政府ってそんな感じ??

f:id:mumusanopinojr:20200805233328j:image

気になる表現パン

今日気になったのはこれ。

 

藤井聡太棋聖が王手かけるか 木村一基王位が反撃か 王位戦第3局1日目始まる:東京新聞 TOKYO Web

 

ちょっと調べてみると他にも…

 

藤井聡太棋聖が一気に奪取王手か 木村一基王位の反撃か 戦型は矢倉でじっくり進行/将棋・王位戦七番勝負 | ABEMA TIMES

 

藤井棋聖、王位戦 最年少2冠王手へ/1日目終了 - 社会ライブ速報まとめ : 日刊スポーツ

 

王位戦第3局始まる 藤井聡太棋聖、勝てば二冠に王手 : 中京テレビNEWS

 

藤井聡太棋聖、2個目タイトルに王手なるか、王位戦七番勝負第3局配信開始 - AV Watch

 

言いたいことはただ1つ、将棋の話題で将棋本来の「王手」以外の「王手」を使っちゃだめでしょ。

 

これらの記事で使われてるのは“あと1勝で優勝”という意味の「王手」で、例えば野球の日本シリーズ(7戦制)で3勝したチームに対して使われたりする。(王手された後から3勝に追いついたチームを「逆王手」と言ったりもするけどそれもおかしな表現だなと思っている)

 

更に気になるのがいつの間にかよく使われるようになった「勝てば王手」という表現だ。「勝てば優勝」の状態を「王手」と言っていたのに「勝てば王手」って必要ないでしょ。

 

藤井聡太はまだ7局中の2勝しかしていない今日の時点で「二冠王手へ」「タイトルに王手なるか」「勝てば二冠に王手」って表現は全然スマートじゃない。単純に「二冠達成へ向け王位戦第3局」とかでいい。

 

そして1番上に挙げた記事に話を移す。

この見出しだ。

藤井聡太棋聖が王手かけるか 木村一基王位が反撃か 王位戦第3局1日目始まる

他の「二冠に王手」「タイトルに王手」と書いているのと比較して藤井聡太が王手」と書いてしまっている。もうこれは将棋本来の“あと一手で王将を取る状態”とも受け取れる文言だ。今日は1日目だから王手はないだろうと想像はつくけど、細かいルールを知らない人には紛らわしい表現であることに違いはない。

 

仮にも報道を名乗るなら言葉の表現には敏感であって欲しいと願う。

f:id:mumusanopinojr:20200804234807j:image

団体戦の力パン

昔から思ってたことを。

 

スポーツには団体戦がある。卓球やテニスではシングルスとダブルスが何試合かあって多く取った方が勝ち。柔道や剣道だと先鋒次鋒と続いて大将戦まで行くととても盛り上がる。

最近は400メートルリレーは日本のお家芸と言われるほどに、個人の走力の他にバトンの受け渡しのチームワークが注目を浴びている。

 

大抵のスポーツの団体戦はわかるのよ。チーム一丸となって挑むことで普段の実力を超えた力を発揮して良い結果に結びつくのは。

 

でもさ、その、あれですよ、

スキージャンプの団体戦ってよくわからなくない??

 

あれはもうチームワークとかじゃなく個人の記録を足した合計でしかなくて、団体戦だから普段よりよく飛べたなんてことある訳ないでしょ。だったら個人戦でも飛べるはずでしょ。天候や風向きで記録が大きく変わる競技なんだからそのせいじゃないのと疑ってしまう。

 

いや別にスキージャンプの競技自体を悪く言うつもりはないの。僕もスキーは大好きだしあの速度で滑り降りるのはいつ見ても迫力があると思っている。けど団体戦ってよくわかんないよねという話。

 

多分選手とか関わってる人が見たら怒るかもしれないんだけど、よかったら無知な僕にご教示ください。よろしくお願いします。

f:id:mumusanopinojr:20200803224141j:image

万引き家族が増えていくパン

映画『万引き家族』を観た。

 

万引き家族

万引き家族

  • メディア: Prime Video
 

 

観てて辛くなる作品だった。

 

その存在を否定された者たちが集まって家族同然に暮らしている物語。

そんなことある訳ないと切り捨てることは簡単だけど、それぞれの事情は本当によくある話だ。

 

特にパチンコ店の駐車場や家の玄関の前に児童を放置する親のネグレクト問題は後を絶たない。

そしてまともな教育も受けられず世間から隠れるように生きてきた子供は大きくなってからも犯罪に手を染めるしか生きる術を知らない。

負の連鎖だ。

 

逆を辿れば今子育てに責任が持てない親になってしまった人は子供時代に正しく愛され正しく教えられてこなかったとも言える。

結局のところ乳幼児期から成人するまでの子供の教育を真剣に考えないことには状況は改善しないということだ。

 

しかしここで更なる問題がある。

子育てに大きく関わる保育士や教員の待遇の悪さも常々報道されている。日々の日課をこなすことで手一杯の状態では子供一人ひとりをまともに教育する余裕など生まれない。給与待遇の悪さだけでなく支配的な制度も近頃は大問題になっており、歯止めが効かなくなっている。

 

このままでは万引き家族は増えていく一方だ。

こうして最高のオリンピックを観たいパン

この記事がまた面白い。

オリンピックの歴史変遷をわかりやすく解説してくれている。

井上明人 | 多様な身体を包摂する拡張パラリンピック計画 | 遅いインターネット

 

なるほど、記事によると近代オリンピックの初回はギリシャアテネで、2回目はフランスのパリで開かれたという。そのフランス出身で“近代オリンピックの父”とも呼ばれるクーベルタンの有名な言葉こそが参加することに意義があるというものだったと。これを機にオリンピックという大会を目指すアスリートが増えていったそうだ。

 

これを知って良いことを思いついた。

2024年に開催予定のパリ大会のスローガンをこれにするべきだ。

 

ご存知の通り2020年の大会は延期となった。本来なら今日のまさに今頃も競技は行われていて、様々な一喜一憂のドラマが沸き起こっていたに違いない。しかし現実はまだ感染症が終息したとは到底言えない状態である。

“延期”と言ってはいるが、1年後2021年の今頃なら全く何も心配なく開催できるという保証はどこにもない。例え開催できたとしても本来参加する筈だった全ての国の全ての選手が揃う可能性はかなり低い。トップ選手が揃わない中で獲得した金メダルで本当に心の底から喜ぶことはできるだろうかと疑問に思う。

 

東京大会で参加者が激減し、オリンピックというスポーツの最高峰の価値が揺らいでしまった後、そして大勢の人が集まることに疑問符がつく中、どうやってパリ大会を盛り上げるか。その最大の旗振り役となるのがこの参加することに意義がある」というクーベルタンの言葉なのだ。

 

勝ち負けでなく、賞金でもなく、世界ランキングでもなく、地位や名声でもない、ただオリンピックを目指して努力を積んだこと、そしてスタジアムで競技に出場したこと、大型ビジョンに自分の名前が載ったことを単純に喜びとして受け止める、そんなオリンピックを観たいと僕は思ったのだ。

 

正直言ってオリンピックには長年お金の話がつきまとってきたことは間違いではないはず。スポンサー費や放映権料など莫大なお金が動き、それを目当てに様々な企業や政治家が招致に懸命になっている。更に上の記事でセキュリティにも莫大な費用がかかっており、それは上がっていく一方であることも知った。

どうしたってお金が動かない訳にはいかないだろうが、現状は既にオリンピックという金脈に貪りたかる亡者たちの下品な構図にしかなっていない。だからこそもっと本来のアスリートの夢であるオリンピックが観たいのである。

 

本当はこれも東京大会で実践されるのが望ましいんだけど、どーせ無理でしょ。期待してない。だから敢えてパリ大会でと提案してみたまで。

f:id:mumusanopinojr:20200801225817j:image

バスケットボールの思い出パン

昨日の新しいスポーツの形パン - ソートベーカリーの続きとして。

 

ゲームを公平にする為のルール作りって、実は子供の頃割とやってたよなと思い出した。

 

例えばサッカーやバスケで、部活でやってる子は通常のままなんだけど、得意じゃない子がゴールすると得点が2倍とか決めてた気がする。

確かにそうするとみんなにボールが回って一見楽しくなりそうに思えるんだけど、僕はそうじゃなかったなぁ。

 

バスケの苦手な僕は当然得点2倍の選手で、味方のバスケ部は大量点狙いで僕にパスをくれるんだけど、その時僕は必ず外す。だって1人で落ち着いてシュートしても入らないのに、動いてる場面で相手が手を出してくる中で得点なんかできる筈がないのよ。けどバスケ部の子は「ドンマイドンマイ」と言ってまた僕にパスをくれる。そして外す。だんだん申し訳なくなってきたところで試合終了、チームは負け。

これホントに辛いからね!

 

大抵のスポーツは好きなんだけどバスケだけは今も近寄らないようにしている。

f:id:mumusanopinojr:20200731215628j:image

新しいスポーツの形パン

最近読んだこの記事がとても良かった。

サイボーグオリンピックと新しい人間観 | 遅いインターネット

 

オリンピックとパラリンピックの差をなくすにはというアイデアがとても面白い。今僕らが当たり前に感じている「スポーツ」の概念を根底からひっくり返す必要を感じたし、この記事が書かれたのが2015年時点であることにも驚いた。

 

この記事を読んでいて何年か前にラジオで聴いた澤田智洋という方の「ゆるスポーツ」の話を思い出した。

障害者に限らず様々な人が一緒に楽しめる競技を作ってイベントを開いているという。具体的には、全員寝袋のような袋に身体を入れることで脚が不自由な人との差をなくした「いもむしラグビー」、揺らすとセンサーが反応して赤ちゃんが泣き出すので素早く動くことができない「ベビーバスケ」などが紹介されていたが今ではもっと競技の種類も増えていそうだ。

 

その澤田さんがラジオ番組の中で話されていたことが印象深い。

「例えば小学校のクラスの中で運動が苦手な子いたとして、その子が勝てるゲームのルールをみんなで考えてみたらいいんです。みんなでその子の得意なことを考えてみて、もしその子が虫を探すのが得意ならそれをルールに組み込む、みたいな。そして他の子はじゃあどうすればその子に勝てるだろうかと更に考える」

これはもし僕が教師ならすぐにやってみたいと思う面白いアイデアだ。何かができないからダメと言われるのではなく、各自の得意なことや好きなことがみんなにちゃんと認められるというのが理想的だ。僕ならもう少し提案して、各クラスでそれぞれいろんな競技を作っておいて、運動会で更に別のクラスが作った競技に挑戦する、なんてこともしてみたい。

 

記事にあったように、障害や年齢やその他あらゆる特性を活かして楽しめる競技が増えることは単純に楽しそうだ。

f:id:mumusanopinojr:20200730225851j:image