ムムサノピーノベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼きます

憧れパン

戦後復興から昭和にかけて、
みんな何も持ってないところから、テレビ洗濯機冷蔵庫の三種の神器が豊かな生活を表していて、同じように努力すればマイカーやマイホームを持つこともできる。その為にみんな一流企業に入りたいし、その為に一流大学を目指したい。
だから受験も就活も、誰よりも頑張れば幸せが手に入る手段として定着していく。
欧米の文化を知った日本からするとマイナスをゼロに戻す感覚だったんだと思う。

 

確かに今でも一定数頑張ればある程度の大学や企業に入れるっていう路線は生きてるけど、政治家や大企業の上の人は既得権益を守ろうとしたせいか汚職や不正も明らかになってきてて確実に幸せを掴める道とは言えなくなってきてる。
さらに「頑張れば幸せになれる」だけが先行した結果として、「もっとやれ」「なぜできないんだ」といったパワハラや行きすぎた指導に暴力、障害者差別が無意識に行われるようになっていく。
みんなが同じ道を歩めば幸せになれるという幻想が残ってるから同調圧力が生まれる。
でも実際は、人はそれぞれ興味の幅も生活観も得意不得意も異なる訳で、当然個々が追いかける「幸せ」の形も様々なので正解なんて決まってない。
今はゼロからプラスに持っていく時代に変わったんだ。

 

戦後の日本からするとゼロに戻すことはとても必要だったし、しかも世界でも有数の勤勉な性格のおかげで最短距離を走ってきたのかもしれない。今でもゼロより下と言える貧しい国はいくつもある訳で。
豊かさとは選択肢が増えることって若新さんが言ってたように、今の日本には文字の読み書きや四則演算が全くできない人は基本的にいないくらい土台は整っているから時代はもう次に向かってるよと気づかなきゃいけない。

 

みんなと同じものが欲しい、じゃなく

僕は私はこれが欲しい!へ。