安倍首相の辞任を受け、次期首相が誰になるかが大きな話題となっている。
そんな中で映画『iー新聞記者ドキュメントー』を観賞した。
東京新聞記者・望月衣塑子を追ったドキュメンタリーで、当然次期首相最有力候補・菅義偉官房長官との会見でのやり取りのシーンも使われている。
これを見ればこの首相候補がどういう人物かわかるはずだ。
実際に現場を取材し生じた疑問を官房長官にぶつけても「そのようなことはありません」と一蹴され、それでも怯まず追及すれば横から司会者に邪魔をされる。この姿を「しつこい」「異常だ」と揶揄する声もあるが、“メディアが国民に知らせるべきことを政府に質問してまともな答えを得られていない状態”の方がよっぽど「異常」だ。そしてその質問をした記者を異端扱いしあろうことか政権擁護に回ることはかなり「異常」ではないか。
確かに望月記者は時として鬼気迫る表情で声高に詰め寄ることがあり、非常識さの欠片が垣間見えることもあるが、その相手は大抵無表情でやり過ごそうとするお偉いさんばかりだ。あんな態度を取られると誰だって腹が立つものだろう。
そんな官邸に立ち向かう彼女を応援する人は各地にいる。辺野古の基地建設反対運動や国会前デモなど様々な場所で「望月さん頑張って!」と声をかけられる。
その一方で、東京新聞には殺害予告の電話が来ることもある。
そしてこの映画では監督の森達也自信も官邸取材に向かうのだが、門前払いを食らってしまう。それどころかカメラを持っているというだけで警察から「すみません、ここは通れません」と通せんぼされる。他の通行人は普通に通れているにも関わらずだ。この警察の「すみません」の低姿勢を装って全く話が通じない感じがとても気味悪い。
映画のラストは2019年の参院選で安倍首相が選挙演説に立ったところが映される。2020年では考えられないほどの人だかりの多くは日本の国旗やプラカードを掲げる政権擁護派だが、反対派の人も集まって「安倍やめろ」コールをする。すると擁護派も負けじとそれをかき消すように「安倍晋三」コールをする。もはや誰も首相の演説など聞いちゃいない。
最後に森達也監督のナレーションが入る。
イデオロギーの違いとか誰を支持するとかしないとかどの集団に属するとか、そうした違いが本当に大切だとは思えない。
主語を複数にした集団は熱狂しながら一色に染まる。一色に染まった正義は暴走して大きな過ちを犯す。それは歴史が証明している。
一人称単数の主語を大切にする、持ち続ける、きっとそれだけで世界が変わって見えるはずだ。
これを聞いて納得した。勝手に衣塑子の「i」だと解釈していたけど、一人称の「I」だった。
このメッセージが指すように、この映画に登場する誰もが立場を求め「集団」に属することで安心感を得ている。
曖昧な返答しかしない者、
望月記者に自分の思いを預ける者、
記者クラブの特権にすがりつく者、
明確な理由もなく通せんぼする者、
政権を支持する者、
政権を非難する者、
そして一見ひとりで戦っているように見える望月もまた東京新聞の記者として組織の方針に染まらなくてはならないことがある。
この世界で生きる人の誰もが「集団」でくくられることなく、そして「集団」に安心することなく、「私」として考え「私」として意見を持つことが大切なんだとこの映画は訴えていたのだった。