映画『新聞記者』を改めて見直す。
本編の感想は以前書いた。
今回は自分の信念をどこまで貫けるか考えた。
例えば自分が主人公の記者だとして、このまま報道を続けると誤報扱いされ生きていけなくなるぞと脅された場合。
例えば自分が主人公の官僚だとすれば、今の地位や収入、新しく増えた家族など守るべきものがいくつもある中で実名リークを止められ望むポストを与えられた場合。
正義を語るのは簡単だが、その瞬間が目の前に迫った時に揺らいだ人を責められないなと考えた。自分だってそうなるかもしれない。
いやそれでも、自分がどれだけ追い込まれようとも自分自身に対して嘘をつきたくはない。
そもそもそんな脅しをかけてくること自体間違ってるのだと、強く主張したい。
地位やお金を守る為に嘘をつきたくないと思ったのと同様に、嘘をついて地位やお金を築きたくないなとも思った。
以前少しだけ広告代理店に勤めたことがあったが、嘘の温床だった。
全く良いと思っていないものでも、さも素晴らしいものであるかのように世間に提示することが僕には無理だった。
今は自分が心から良いと思うものをお客様に提供できている。
これが僕の答えだ。