ソートベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼くように、頭の中で考えたことを文章にしていきます。

自分を見つめる映画パン

想田和弘監督の観察映画『精神0』を観た。

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精神科医の山本先生が引退する。長年先生を頼ってきた患者さんにとってそれは一大事。「私はどうすれば…」「次の先生とうまくやれるだろうか…」彼らの不安の裏側には、岡山県の片隅の古い診療所の中で築き上げられた信頼”が見えてくる。

 

この付き合いが長ければ長いほど患者さんのショックを大きくさせるだろうということは容易にわかる。そして想像を広げる。

山本先生は事前に引退を予告した訳だけど、今の緊急事態下の日本や世界の中にはやむなく診療所を休業し、そのまま引退を決断した老医師もいるんじゃないだろうか。そしてその医師を頼りにしていた患者達が困っているんじゃないだろうか。

人と人との繋がりは簡単に作れるものじゃないけれども、一度作った強い繋がりは途切れた時の替えが効かないのも事実だ。

 

映画の後半は山本先生と妻の芳子さんがメインになる。

これを見ているとあれだけ慕われた先生もまた1人の老人だということがよくわかる。

そして、患者達を長年支えてきた先生を更に長い年月支えてきたのが芳子さん。認知症を患っていてもこれまでテキパキと家事をこなした感覚を身体が覚えているのか、やたらと気を遣い監督に飲み物やお菓子を勧めていく。

本当にどこにでもいる老夫婦という感じで、僕も田舎のおばあちゃんを思い出した。いつもニコニコしてお茶を注ぎ、テレビをつけるけど別に見ている訳じゃない。何も起こらない、でもその時間は2人が作ってきた安らぎを体現している。

 

最後の墓参りのシーン。運転して山に入り荷物を持って歩いてお墓まで向かう路は年寄りにとってそう容易なものではない。

彼らもいつまでもここに来れる訳じゃないという現実も突きつけられる。

そしてやはり、実家のお墓のことを考える。

 

赤の他人の物語から、自分や社会を見つめるきっかけをいくつも生み出す、とても良い映画だった。

 

現在全国の劇場が休業に入っているため、想田監督自ら提案した「仮設の映画館」というサイトでこの映画を観ることができる。

通常の鑑賞料金1800円を支払い、これは製作者と自分が選んだ好きな劇場に分配される仕組みになっている。

仮設の映画館

 

僕は自宅のテレビ画面でこれを観たが、映画館で静かに観るのともまた違い、山本医師らの言動に「こういうことあるよね」とパートナーと話しながら観るという映画体験も悪くないなと感じた。2人で観といて1800円は少々申し訳ないけど。