最近初めて聞いた偏見なんだけど、尾崎豊が好きな人は中二病って多くの人が思ってることなのかな。
僕は学生時代にラジオで聴いて尾崎豊を知ってる程度なんだけど、それでもなんとなく権力に歯向かうようないわゆる「反骨精神」のイメージを持っていて、人気の理由としては何かに屈してしまいそうな自分を奮い立たせてくれる存在だと捉えている人が多いからなんだろうなと思っていた。
だけど最近この人の名前が“社会に楯突くことで自己満足している痛い奴”の代名詞として出てきたことに驚いた。
これは良くない。
社会の制度、上からの命令、世の中の決まりに反対することは子供じみていて、黙って頷いておくのが正しい大人の姿だと思っている人が増えているのかもしれない。
それは大きく間違っている。
おかしなものを「おかしい」と言えるのが民主主義のはず。いつから声を上げる人を笑う社会になったのか。お上の声に逆らえない絶対君主の世の中を自分達で作ってどうするんだと警鐘を鳴らす。
たった一例からそこまで想像するのは行き過ぎているんだけど、それでもこれが水の流れを変える1個の石ころになるのなら投じる価値はあるかもなと。