ソートベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼くように、頭の中で考えたことを文章にしていきます。

揃ってるパン①

いろんな番組で「学校9月始まり」の是非を話してるけど、僕が思ってることがあまり出てこないので書いてみる。

 

簡潔に言うなら僕は反対。今こそ変革のチャンスとする声もあるけど、早急に決めるようなことじゃない。9月始まりに変えたいなら現場の声を聞いてじっくり議論するべき。

 

従来通り4月始まりを変える必要はない。グローバル化に適応とか言うけど、欧米に9月始まりの国が多いってだけで他の月に始まる文化の国もある。意外とバラバラ。グローバル化じゃなくて欧米に揃えるってことに過ぎない。

 

そのグローバル化に反対する意見として「海外留学する人なんてほんの僅か」というのがあった。確かにそうだろう。でも何故“僅か”なのだろうか?

以前読んだ新聞記事では海外留学を希望する学生が年々減っている理由として「他の学生に遅れを取るから」というのが多いと書かれていた。しかも学生も親もそう考えているという。これが日本の教育を考えるヒントになる。

 

「遅れを取る」って何だ?1年間の海外留学をして周りから卒業が1年遅れることをリスクと捉えているなら大間違いだ。むしろ周りの学生を引き離す絶好の機会のはずじゃないか!

 

ここが大きく間違ってるんだ。

小学1年生は6歳から、中学1年生は12歳から、

高校1年生は15歳から、大学1年生は18歳から、社会人は22歳から、っていう年齢に縛られ過ぎてないかこの国は。

 

本当は高校で留年してもう1年同じ学年をやってる生徒や、1年勉強して大学受験をやり直す浪人生、一度社会に出たけど更に学びを深めたくて大学に入る大人はいっぱいいるじゃないか。

僕の周りにもそういう人はいたし、僕自身も1年浪人してから大学に入った身だ。決まった年齢じゃないのにその場にいる人に向けられる視線や態度ってものをよーく知っている。

 

9月始まりの話に対する僕の意見はこうだ。

従来通り4月始まりでいいから、全員揃ってて当たり前というその考え方を変えていこう。

他の人より勉強が遅れててもいいし、逆に得意科目だけは次の教科書の勉強をしてもいい。自分に合ったスピードで学んでいって、最終的に義務教育や高卒の最低ラインの知識や経験を身につけられればそれでいいんじゃないだろうか。

 

年齢が揃ってることなんて本当にどうでもいい、全く重要じゃない。

従来の学年制度から外れることをダメだとするんじゃなく、そんなの人それぞれでいいはず。

個人の学びの早さを勝手に揃えようとする方がよっぽど間違ってるからな。

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