ソートベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼くように、頭の中で考えたことを文章にしていきます。

就活セクハラの記事パン

「20代男性の5人に1人が就活セクハラを受けたことがある」という記事があった。

https://www.buzzfeed.com/amphtml/saoriibuki/shukatsu-rengo

 

就活セクハラは実際にあるだろうし、セクハラだと自覚してない呑気な人も、傷つけられて生活が変化した人もいるだろう。

この記事によってその辺りにスポットが当たること自体は良いと思う。

 

だけど、だけど、これを見て懸念する部分もある。

この記事にセクハラ行為として挙げられる

「性的な冗談やからかい」

「性体験などに関する質問」

「食事やデートに執拗に誘う」

「性的体験談を聞かせる」

などは、生きる上で一切出会わないということはまずあり得ない。

むしろセクハラだと訴えられることを恐れて世界の誰もこういった話をしなくなることの方が不健全だ。

誰も性的な話をしなくなり、食事に誘うことも躊躇ってしまい、一人でこっそり自慰に励む…人類滅亡は確実だ。

上に挙げた行為を避けるように誘導するならば、この記事は大きく間違っていると思う。

 

とはいえ、僕自身がセクハラ容認おじさんのように扱われたくはない。

 

先に述べたように、生きていればどこかでセクハラ行為に出くわすことがある。しかしそれは自分がセクハラだと感じたからセクハラなのであって、性的な冗談を楽しめる人もいる(僕は面白いと思わないけど)。

だから、自分が嫌だと感じたなら「嫌だ」と言わなくてはならない。言われて嫌なこと、されて嫌なことを「嫌だ」と言わなければ相手にはわかるはずがない。それを主張せずに受け流したりその場が収まるのを待っているから相手が勘違いをするのではないだろうか。

セクハラでもパワハラでも同じことが言える。

この「NO」が言えない人があまりに多いのではないだろうか。

記事では相談窓口が紹介されているが、拒否を示すこともせず窓口に駆け込めばいいという逃げ道になってはいけないと思う。

「嫌だ」と伝えることもコミュニケーションであるはずで、それをせず窓口に訴えることは自分が相手に嫌がらせをしている状態にもなり得ることをわかってもらいたい。

 

当然誰しもセクハラ・パワハラをする側に回ることもある。自分の言動や行動が相手を不快にさせていないか常に気をつけるべきだ。嫌だった時に「嫌です」と言いやすい雰囲気を作ってあげなくてはいけない。相手が自分と同じ感覚だという思い込みは捨てるべきだ。

 

双方に思いやりを持てる社会であってほしい。

 

とこんなことを書きながら僕自身「嫌です」と言えなかった場面が沢山ある。これはそんな自分への戒めだ。

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