ソートベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼くように、頭の中で考えたことを文章にしていきます。

エストニアパン⑬パルヌの海

早朝に誰かのアラームの音で起こされる。ディオンは荷物を置いて出かけていたので買ったばかりのサンダルを履いて一人で海に向かう。朝9時頃、まだ人のいない海岸は物凄く静かで綺麗で神秘的だった。写真を撮ってみたけど全く収まりきらない。この波の音を聞きながらベンチに座って優雅に読書をする。いや、読書を“楽しむ”くらい言ってもいいかもしれない。

この時読んでいた本はオードリーの若林のキューバ旅のエッセイで、少しずつ気持ちを重ねていたのだが、本の最後は亡くなったお父さんの話だった。読み終えた後、僕も学生時代に亡くした父親のことを考えた。今、父は僕がエストニアの海を眺めていることを喜んでくれているだろうか。生前、ハワイやグアムなどの旅行雑誌を買ってはいつか行くぞと意気込んでいた父に、ここにも素敵な海があるよと教えてあげたい。

 

海水浴客が徐々に増えてきた。僕も海に足をつけてみる。冷たい!だけど気持ちいい。これは泳ぎたいな。荷物を置いて海パンに着替え海へと走る。小さな男の子が一人で海にボールを投げていたので、拾って投げ返す。自然とキャッチボールが始まった。男の子はあまり投げるのが上手くないらしく、どうしても右に逸れてしまうのだが、げらげら笑って投げあった。

ようやく海水の冷たさに慣れ、泳ぐ決心がついた。足を浮かせ、身体を水に預ける。こうやって“泳ぐ”のはどれくらいぶりだろう。久しぶりに「自由」というものに包まれたような感覚だった。頭まで潜ってみるだけで何か挑戦しているような気になってしまう。少し泳いだだけだったけど、心は満たされたのでシャワーを浴びに戻りベンチで肌を焼いた。

 

水着の女性が3人、砂浜にシートを敷いて並んで座っていた。3人共膝にノートパソコンを乗せ、カタカタと作業をしているように見えた。あまり近づいてジロジロ見るのはおかしいので何をしていたかはわからないが、自分のスマホを見てようやく気が付いた。ビーチなのにwi-fiが使えるんだ!これはIT大国エストニアならではの風景なんじゃないか。

 

ホステルに戻りディオンとの夕食の時間までひと眠りしよう。ベッドから見える綺麗な青空、窓から入る涼しい風、こんなところで呑気に昼寝なんて贅沢の極みじゃないか。