ソートベーカリー

小麦粉をこねてパンを焼くように、頭の中で考えたことを文章にしていきます。

エストニアパン⑯丸山

エストニアの田舎町丸山を散策するぞー!

とにかく人が少ない。誰ともすれ違わない。看板にシンガーソングライターのショーのポスターがあり、それがまさに今夜だと気づいた。本当に誰にも会わないので不安になって全く興味のない雑貨屋に入ってみる。良かった、店員はいた。道沿いに並ぶ家の一軒一軒が広い庭を持っていて、どの庭も芝の手入れがされている。庭を綺麗に保つことがそんなに重要なのか、芝を伸ばしっぱなしにしていると近所から笑われてしまうのか。

そういえば以前こんなことがあった。実家に帰った際、親戚が集まって外食することになった。父の運転でレストランの駐車場に停車しかけた時、母は「もっと奥に停めて。道路から見えるから」と知り合いに見つかることを心配していたのだ。僕は驚いた。久々に実家に帰った息子と外食をすることをなぜ知られちゃいけないんだ?全く理解できない。そして隠れるように車を停めて店内に入ると近所のご家族に出くわした。母の懸念は無意味だった。

 

中には自動で芝生を刈るルンバのようなロボットも見かけた。芝刈りはこの町の文化だ。そして庭が広い分それぞれの玄関も離れており、そのせいか郵便ポストは道路の端に20軒分くらいまとめて置かれている。郵便屋もいちいち配って回るのが大変だからだろうな。

更に散歩を続けると看板にValcoriと書かれている。ヴァルコーリ?ヴァルコ売りの少女?歩いているとしょうもないダジャレばかり頭に浮かぶ。丸山保育園も見つけた。この園庭はかなり広い!野球場1面分くらいはある。そしてその園庭をおじさんが一人で掃除している。仕事終わんないでしょ。

 

2時間半歩いて丸山を一周してきた。どうやらホステルの近くの店でさっきのポスターのショーが開かれるようだ。まだ夕方で客は少なかったけど入ってビールを頼む。自覚はなかったが沢山歩いて疲れたらしい、ビールが物凄く旨かった。本を読んでいるといつの間にか客が増えてきた。この町のどこにこんなにいたんだよ。僕の座った4人席にもファミリーが入ってきて相席する形になった。しまった、食べ物を頼むタイミングを逃した。というか、店の中のあちこちで大声の会話が飛び交っている。小さい町だ、ほとんどの客が知り合いに違いない。その中に一人、見知らぬアジア人がいる。絶対目立ってる。

いよいよポスターに載っていたシンガーソングライターのショーが始まった。ギター一本でカントリー風の曲を歌う。とても盛り上がった。いつの間にか相席したファミリーと仲良くなっていた。立ち上がって拍手をする。日本じゃこんなに感情を表に出さないだろうな。

 

イベントは大盛況で終わった。帰る人もいるが残っている人もいる。これは丸山の人と話すチャンスだ。するとちょうどよく横にも縦にもデカいおじさんが「チャイナー!」と話しかけてきた。明らかに酔っぱらっている。店の奥にあるパンチングマシーンやろうぜと誘われた。あんたに勝てるわけないだろ。とりあえず1ゲームしてから逃げるように若者グループに声をかけた。テンションが上がって一緒に写真を撮ろうなんて言っちゃって、日本じゃ絶対にこんなことにならない。閉店後も店の前でずっと話してた。大人も子供も混ざって笑い合った。I love youはエストニア語でarmastanアルマスタンって言うんだって。小さなコミュニティの田舎で良い体験をした。やがて若者たちは帰り、僕とおじいさんの二人きりになった。さっきまでは英語で話すことができたけど、田舎のお年寄りはエストニア語しか話せない。互いに分からない言語を話しながら、それでも笑っていた。変だけど、それはそれで穏やかな時間だった。